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プロローグ 出会い編 全国大会編 IF
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中学2年の冬休み。 両親の離婚。 肩を壊してハンドボール部からの引退。 この三つが重なったのは、京太郎にはある意味で幸せだったのかもしれない。 県大会決勝でエースとして活躍し、来年には全国出場まで見えていたハンドボール。 その夢が肩の故障によって断たれてしまった京太郎には、かつての仲間たちがグラウンドで練習をしている姿すら、辛い光景となった。 そして同じタイミングでの両親の離婚。 父は鹿児島に。 母は岩手に。 二つの選択を迫られた京太郎は、父に着いていくことを決めた。 今の場所から離れることが出来れば、どこでも良かった。 ――ただ一つ、人見知りな同級生の女の子が気がかりだったけど。 その子を気遣う余裕は、京太郎には無かった。 ◆ 「ここで待ってれば迎えが来るって言ってたけど……」 鹿児島のとある駅。 父の言葉の通りに駅前で待機する京太郎の胸には不安が渦巻いていた。 どんな人が迎えに来るのか、これから向かうのはどんな場所なのか。 父を問い詰めても、言葉を濁されてばかりでまともな答えは得られなかった。 「というか迎えって……」 キョロキョロと辺りを見渡しても観光客らしき人たちしかいない。 唯一、目を引くのが眼鏡をかけた巫女服の女性くらいだ。 「……ん?」 ちょうど、その女性と目が合って。 重なる視線に対して、その眼鏡の巫女さんは―― 巴さん判定直下 1~30 君が須賀京太郎くんかな? 31~60 すいません、お待たせしちゃって…… 61~98 え……ウソ? ゾロ目 ??? 君が須賀京太郎くんかな? 目が合ったかと思うと、駆け足でこちらに来る眼鏡の巫女さん。 「君が須賀京太郎くんかな?」 「あ、はい」 「良かった……ごめんなさい、少し準備に手間取っちゃって」 「準備ってことは――」 まさかとは思うが。 この巫女さんが、自分の。 「はい。私があなたの案内役を務める狩宿巴です――よろしくね?」 案内役、らしかった。 「親父の実家って一体……」 さっきよりも強くなった不安を胸に抱えながら、京太郎は巴に連れられて行った。 「それでは、私たちのお屋敷に案内するので。しっかり着いて来てね?」 そう言われて、巴に案内されて辿り着いたのは、ゴールが見えない長い長い石造りの階段。 駅からここまでの距離もそれなりにあったのだが、更にここから歩くのだと言う。 「ぜぇ……ぜぇ……」 「お疲れ様でした。何か飲み物を持って来るね」 それでも何とか階段を登りきったのは、前を歩く巴が平然としていることに対する男子としての意地と。 「何だろうな、この……」 石段を登り屋敷が近付いてくるにつれて、胸の中の不安な気持ちが『懐かしさ』に変わっていったからだ。 「うーん……」 巴に案内された屋敷の客間で胡座をかく。 前にも、ここを訪れたような気がする。 一種のデジャヴのような気持ちが、京太郎の脚を動かした。 だが、そんな不思議な気持ちに浸る京太郎の胸中は―― 「あーっ!!」 姫様判定直下 1~30 やっぱり! 京太郎くんだぁ!! 31~60 ど、どうしよう!? もう来てたなんて…… 61~98 うう、真っ先にお迎えに行けなかったなんて…… ゾロ目 ??? うう、真っ先にお迎えに行けなかったなんて…… ドタドタドタと、廊下を慌ただしく駆ける足音。 勢いが全く衰えることなく、段々とこの客間に近付いてきて。 そのまま叩き付けるような勢いで、客間の襖が開かれる。 「あーっ!!」 「っ!?」 弾丸のような勢いで客間に入ってきた巫女服の女の子。 京太郎を見るなり悲鳴に近い叫び声を挙げて、わなわなと震えだす。 「うう、真っ先にお迎えに行けなかったなんて……」 ガックリと肩を下げて落ち込む女の子。 忙しい子だと、京太郎は思った。 「ええっと……」 この場合、どうすればいいのか。 俯いてブツブツと何かを呟くこの子に対して、京太郎はかける言葉が見つからない。 ◆ ――それは、私がまだ小さかった頃。 『すがきょーたろーです! よろしくなっ!』 初めてできた、男の子のお友達。 引っ込んでいた私の手を取って、色んな場所に連れて行ってくれた男の子。 もの凄く怒られちゃったけど、それでも私を庇ってくれて。 手を繋いで、一緒に遊んで、一緒にお昼寝して。 この子が、ずっと側にいてくれるって。 そう、思ってたのに。 『……え? 帰っちゃった……?』 ある日、目が覚めたらその子はもう、隣にいなくて―― 「ううう……」 だから、彼がここに来てくれて、一緒に住むことになるって聞いた時は本当に嬉しかったのに。 誰よりも先に迎えに行くって決めたのに。 その役目が、もう取られていたなんて―― ◆ 何か、何か言わないと。 そう思っても、京太郎はこの女の子に対する言葉が分からなかった。 下手に触れば一気に崩れてしまいそうな、危うい雰囲気があったからだ。 「あら、これはどういうことかしら……?」 小蒔は自分の世界に入り込んで、京太郎は何をすればいいのか分からなくて、固まっている二人に。 開けっ放しの襖から入ってきた女性が、声をかけた。 霞さん判定直下 1~30 あなた……小蒔ちゃんに、何を? 31~60 小蒔ちゃん、彼が困ってるわよ 61~98 うふふ……まったく、もう ゾロ目 ??? うふふ……まったく、もう ――京太郎は、肩に大きな怪我をしている。 ――今まで続けていたハンドボールも、その怪我が響いて引退した。 ――そして、鹿児島に来る事になったのは、両親の離婚が原因である。 その事を知って、写真で彼の姿を見てから霞の胸の中に芽吹いた気持ちは、彼を『守りたい』というものだった。 辛いことの連続で、きっと彼は心を痛めている。 だからこそ、せめて、ここは。 彼が休める場所であって欲しいと、思った。 ◆ 騒々しい足音と、客間の気配を感じてやって来た霞が最初に目にしたものは、俯く小蒔と困り顔で固まる京太郎の姿だった。 「うふふ……全く、もう」 細かい状況は分からない。ただ、『姫様』が彼を困らせていることは理解できた。 俯く小蒔を強引に立たせて、その瞳を覗き込む。 「ひゃっ!? 霞ちゃん!?」 「ほら、小蒔ちゃん。彼が困ってるでしょ?」 彼を傷付けるものは、例え誰であろうとも。 微笑みの裏に決意を込めて、霞は小蒔から手を離した。 「ごめんなさいね、京太郎くん。うちの姫様が」 「は、はぁ……」 何が何だか分からない、京太郎の顔にはそう書いてある。 だが、それで良い。 彼が知る必要は、ない。 「……ほら、小蒔ちゃん? 彼に謝らないと」 「うぅ……ごめんなさい、京太郎くん」 涙目で頭を下げる小蒔。 相変わらず状況はさっぱり分からないが、どうやらこの屋敷ではこの霞という女性に逆らってはいけないらしい、ということは判明した。 「コホン、自己紹介が遅れました……私は石戸霞。永水女子に通っています」 「……え?」 「? 何か?」 「え、あ……いや……」 ――正直、その子のお母さまかと思いました。 喉元まで出かかった言葉は、辛うじて飲み込めた。 京太郎がこの屋敷に来てから翌朝。 色々なことがあって肉体的にも精神的にも疲れている筈なのだが、京太郎が目覚めた時間は朝の6時。 この屋敷の独特な空気がそうさせているのか、目が冴えて二度寝も出来そうにない。 「……むぅ」 季節は冬、日の出もまだ先。 外はまだ暗い。 屋敷の周りを散歩することは出来ない とは言え、暇潰しになるものもまだ送られてきていない。 「……ちょっと、探検してみるか。屋敷の中を」 ちょうど、トイレにも行きたくなってきたし。 寝巻きの上にジャケットを羽織り、京太郎は部屋を後にした。 「……困った」 無事にトイレを済ませたはいいが、迷った。 どうやらこの屋敷、見た目以上に中身が広い。 そして外から見ると似たような作りの部屋が多く、自分がどこをどう歩いてきたのか分からない。 延々と同じところをグルグルと回っているような気さえする。 「どうなってんだ一体……」 かれこれ一時間は歩いたような感覚があるが、一向に日の出が訪れない。 京太郎は、柱に寄り掛かって休憩することにした。 「はぁ……」 「むー? あなたはー?」 はっちゃん判定直下 1~30 迷子の迷子の子猫ちゃんですかー? 31~60 お困りですかー? 61~98 こ、困りましたねー…… ゾロ目 ??? ◆ 『異界』 自分たちの日常とは異なる、超常的な現象が潜む世界のこと。 昔の人々にとって異界とは村の外であり、山の奥であり、海の彼方であった。 一切の光が届かない夜の暗闇を異界と呼ぶこともあった。 このように、日常と異界の境目は至る所にある。 だからこそ昔の人々は村の入口に『門』を作り、境目を明確にして、閉ざした。 『異界観』 都市開発が進み、境目が極めて曖昧になった現代日本においてはすっかり廃れた価値観だが。 もしも、例えば。 現代の日本の中に『神』が存在する土地があるとすれば、そこは間違いなく―― ◆ 妙な胸騒ぎを感じて目覚めて廊下に出た初美が最初に目にしたものは、柱に寄り掛かっている男子の姿。 初めて会う相手だが、その存在は知っていた。 須賀京太郎。昨日に引越してきたという男の子だ。 「……」 するりと、初美の小柄な体躯に対しては大き目の巫女服が肩からずり落ちる。 彼を一目見た瞬間から。 初美は、自分の心の中が切り替わっていくのを感じた。 屈伏させたい。 跪かせたい。 自分のものにしたい。 初めて会う相手に、こんなことを考えるのは異常な筈なのに。 今の初美には、それが当然のことのように思えた。 「お困りですかー?」 「え?」 だけど初美は、それを全く表に出さず京太郎に話しかける。 内面に渦巻く泥の様な激情を、表面の微笑みで隠して。 「駄目ですよー? ここは色々と『違う』場所なんですからー」 「はぁ……」 京太郎の手を取って、初美は歩き出す。 少し歩くと京太郎の泊まる部屋の前まで着いて、日の出の時間になった。 ◆ 自分を案内してくれた少女――薄墨初美の話によれば、慣れていないのにこの屋敷の中を、この時間帯から一人で出歩くのは危険らしい。 「あー、確かに寝る前に霞さんがそんなこと言ってたような……」 「聞いたことありませんかー? 夜の神社を一人で歩くのは危険だと」 「え? でもそれって足元が悪いとか、泥棒がいるとかそういう理由じゃ」 「まぁ、大半はそうなんですけどねー……」 チラリと、背後を振り向いて話を区切る初美。 その態度に、京太郎の背筋に冷たい感覚が走る。 ――まさか、さっきの自分の感じたモノは本当に? ……いやいやそれは有り得ない、そんなオカルトは有り得ない。 京太郎はブンブンと頭を振って、浮かんできた想像を掻き消した。 「……まぁ、何にしても助かったよ。ありがとな」 近所の小さい子を相手にするような感覚で初美の頭を撫でる。 彼女の案内がなければ、自分は未だにあの辺りをグルグル回っていたかもしれない。 ホッと一安心する京太郎だが、頭を撫でられている初美はふくれっ面になっていた。 「むうー……私は、年上なのですがー」 「え? うっそだー」 「むむー! 生意気ですよー!!」 早朝の澄んだ空気の中に、初美の叫び声が響き渡った。 ◆ 霞や小蒔にも話を聞いたところ、日が登っている時間帯ならば一人で出歩いても特に問題はないらしい。 何でも「人が起きて活動している時間」というのを認識することが大事なのだとか。 そんなわけで、元が体育会系の京太郎はウズウズする気持ちを抑えきれずに、屋敷の中を探索することにした。 「……ん?」 塵一つ落ちていなかった廊下に、日光を反射して光っている何かが落ちている。 拾い上げようと指で摘まんだら砕けてしまった。 「何かのカスか?」 よく見ると、辺りに点々と似たようなカスが落ちている。 まるでヘンゼルとグレーテルのパンくずのように、廊下の曲がり角まで点々と続いている。 「何だこりゃ……」 何となく、この光景が許せなくて。 京太郎はカスの一つ一つを拾い上げながら進み、やがて廊下の曲がり角まで差し掛かり―― 「……」 春判定直下 1~30 ……ぽりぽり 31~60 ……ぺろっ 61~98 ぺろっ?……ぺろっ ゾロ目 ??? ぺろっ?……ぺろっ 「……」 「……」 ぽりぽり。 曲がり角の先には、黒糖を貪る巫女さんがいました。 互いに目があって沈黙するが、巫女さんの黒糖を食べる手の動きが止まることはない。 「……成る程」 歩きながら黒糖を食べていたせいで、細かいカスが零れたと。 つまり、廊下に点々と落ちていたものは彼女のせいだと。 この屋敷に来たばかりの京太郎でも、流石にこの状況には言いたい事がある。 「……あの」 「あげる」 「むぐっ!?」 一言、文句を言ってやろうと口を開いたら口に黒糖を押し込まれた。 それも一つではなく、三つ。 零さないように慌てて両手で口を抑えて黒糖を咀嚼する。 「んぐっ……はぁ」 「……?」 「あ、あのだな……!」 「手、見せて」 「あ、ああ……?」 何とか黒糖を噛み砕いて飲み込み、今度こそと意気込んだら手を取られた。 指先をまじまじと見つめる彼女の意図が、京太郎には理解できない。 「ぺろっ」 「ひゃっ!?」 「……甘い」 そりゃ、さっきまで黒糖拾いしてたからだ。 そう、口を開こうとしたが―― 「ぺろっ?……ぺろ」 「ひゃんっ」 再び指を舐められて蹴躓いた。 彼女の舌が指に触れる度にゾクゾクした感覚が背筋を走り、上手く喋ることができない。 指がふやけてシワシワになるまで、京太郎は指を舐められ続けた。 すっかり骨抜きにされた京太郎は、その場にへたり込んだ。 それを見て満足したのか、彼女はそそくさと離れて行った。 「くぁ……」 指先はまだ湿っている。 それはつまり、さっきまで彼女が舌を這わせていたということで―― 「……いやいや」 変なことを考えるのはよそう。 今するべきことは、この廊下の掃除。 その為にはまず、バケツと雑巾を借りて来なければ。 「……」 「おわっ!?」 立ち上がって振り向くと、さっきまで京太郎の指を舐めていた彼女が戻ってきていた。 再び目が合い、沈黙する。 一つ違う点があるとすれば、手に持っているものが黒糖から雑巾と水の入ったバケツに変わっている。 「……掃除、する?」 「あ……あぁ」 どこまでもマイペースな巫女さんだと思いながら、京太郎は彼女と並んで廊下の掃除を始めた。 廊下の掃除をしながら京太郎が彼女から聞いた話によれば、彼女の名前は滝見春であるということを知った。 ついでに彼女が第一印象と変わらず、常にマイペースな性格をしているということも。 「へぇ、じゃあ春も俺と同じ学年なのか」 「うん」 「じゃあ、もしかしたら高校も同じになったりとか――は、ないか。霞さんたちと同じとこに進学するなら永水だもんな」 永水女子はお嬢様校。 彼女だけが違う高校に進学するとは考えにくい。 そして当然、京太郎は女子校に進学することはできない。 「いや……そうでもない」 「え?」 「近いうちに共学化すると、聞いた」 「……マジで?」 「うん。それに――」 ――今更、違う高校に進むなんて。 「……それに?」 「……忘れた」 「……おいっ」 きっと、誰も許さない。 ◆ 神代小蒔は焦らない。 「京太郎くんっ♪」 今は、ただ一緒にいるだけで幸せだから。 狩宿巴は焦らない。 「あー、ごめんね。また春ちゃんが……」 まだ、彼女は何も感じてはいないから。 滝見春は焦らない。 「……ぺろっ」 もっと待った方が、美味しくなりそうだから。 薄墨初美は焦らない。 「むーっ! 生意気なのですよー!」 焦っては全てが台無しになると、分かっているから。 石戸霞は焦らない。 「ふふ……少し、休む?」 そうすることで、彼が悲しむと分かるから。 だから、誰も焦らない。 ある意味で、皆が皆を尊重している。 そんな関係を維持しながら、京太郎が永水に入学するまでの日々が過ぎて行った。 【永水出会い編 了】
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【完結済連載】 2015 2016 2017 【短編】 2015 2016 2017
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幾つかの照明とカメラに囲まれた雀卓。 全国大会の舞台。 例え用事が無くても、ここには何度も足を運んでしまう。 「……明後日かぁ」 三回戦。 これまでのように行くかはわからない。 けれど、どんな結果になっても。 麻雀を楽しむ気持ちがあれば、悔いは残らない―― 「あ、君は……」 レジェンド判定直下 1~30 君が噂のダークホースの 31~60 須賀京太郎くん、だよね? 61~98 おいしそう ゾロ目 ??? 須賀京太郎くん、だよね? 「須賀京太郎くん、だよね?」 「あなたは?」 変な前髪の人。 それが、須賀京太郎の赤土晴絵に対する第一印象だった。 「あ、ゴメンゴメン。私は赤土晴絵、阿知賀女学院の麻雀部監督やってます」 差し出された名刺を受け取る。 名前は始めて知ったが、どうやらこの人も麻雀関係者らしかった。 「前から君に興味があったんだ。小鍛治健夜、または宮永照の再来――とか言われてる、君に」 「いえ、そんな大したもんじゃ」 「はは、もっと堂々としてた方が良いよ。力に振り回されちゃうから」 「はぁ……」 それでさ、と咳払いをする晴絵。 「君に、お願いがあるんだけど。ちょっとうちの麻雀部に来てくれない?」 直下選択肢 1 行く 2 行かない 2 「ふむ……」 受け取った名刺を片手に考え込む。 これまでの経験上、ここで誘いに乗ることは悪いことにはならないと思うが―― 「すいません、ちょっと今日は用事が」 「ありゃ、残念」 違う部の相手と打てるのは京太郎にとっても良い経験となる筈だが、今日はこの後に外せない用事が控えている。 晴絵の誘いには乗れなかった。 「それじゃあ、気が向いたらそこの連絡先に電話を下さい。基本的にインハイ中ならいつでも出れると思うので」 「はい、わかりました」 晴絵の名刺を財布にしまい、会場を後にする。 「ちゃんとした名刺入れを買おう……」
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プロローグ 前編 プロローグ 後編 祝勝会 別人 中々、やるようになった 教え子に お払い 再来、とか まものよめ
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一人の男を巡って複数の女性が争う。 そんなものは物語の中か、ニュースでしか見れないし、自分には無縁なモノである。 そう、思っていた――自分が、その渦中の男になるまでは。 「京太郎」 背後から自分の名前を呼ぶ声。 鼻腔を擽るシャンプーの匂いと、首に回される腕。 「部活、行こうか」 「……小瀬川先輩」 いつからだったか、皆が通る廊下であるにも関わらず、この人がこうして俺に寄り掛かるようになったのは。 周りに権利を主張するように、べったりしてくるようになったのは。 「シロでいい……って言ったよね」 「……シロ、さん」 しがみつく力がより強くなった。 最初は役得だと喜んだ柔らかい感触も、今はこの後のことを考えると―― 「なに、してるの」 ――憂鬱なものでしかない。 鹿倉胡桃。 京太郎よりも一回りも二回りも小さな人。 だけど、自分よりも一回りも二回りもしっかり者で頼りになる先輩――の、筈だった。 「なにって……」 「京太郎が困ってるでしょ」 返事も待たず、背後に回り、京太郎からシロを引き離す胡桃。 遠慮が無く、いっそ暴力的とも呼べる勢いだった。 「っ……」 「なに、その顔は」 「……別に」 胡桃はふん、と鼻を鳴らして京太郎の手を取った。 「ほら、行くよ!」 「ち、ちょっと」 そのままシロを置いてけぼりにしてズンズン進んで行く。 「……ちっ」 一拍遅れて、シロも京太郎たちに続いて歩き出す。 ……ちらりと見えたブレザーの下に、小さな赤い染みが見えた気がした。 ◆ 胡桃は京太郎の手を引いたまま、部室の戸を開いた。 まるで見せ付けるようだと感じたのは、京太郎の気のせいではないのだろう。 そして―― 「ぷっ……なにそれ。幼稚園児みたいだよ、ソレ」 「チャイルド、デスカ?」 「あはは、京太郎くんも困ってるよー。早く離してあげないと、京太郎くんが可哀想だよ?」 にっこりと、笑顔を浮かべてはいるけれど。 三人の視線に敵意のようなものを感じたのも、きっと気のせいじゃない。 「……京太郎」 胡桃が京太郎の手を離し、三人が待つ卓へ着く。 「ネト麻しながら待っててね。後で指導してあげるから」 「ダメだよ京太郎。嫌なことは嫌って言わないと」 「……塞!」 「あはは、怒っちゃったかな? それとも図星?」 「早く始めようよー」 「ガンバリマショウ!」 続けて、牌を並べる音。 なるべく背後の会話は意識しないようにして、京太郎はパソコンの電源を入れた。 今日も、部活が始まる。 京太郎は、小さく溜息を吐いた。 ◆ 翌日。 授業を終えて、放課後になった頃。 今日も部活か――とカバンを持った時、背筋に気持ちの悪い寒気が走った。 「風邪、ひいたか?」 今朝から若干の気怠さを感じてはいた。 額に当てた掌からも熱を感じる。 「……今日は、帰ろう」 こんな体調で、あの空間に耐えられる気がしない。 全員に今日は休むという旨をメールで伝え、京太郎は昇降口へ向かった。 「あ、確かに顔真っ赤だねー。大丈夫?」 「え?」 先輩とも出会わず、一人で向かった昇降口には、自分よりも背の高い三年生の先輩の。 姉帯豊音が、待っていた。 「ちゃんと治さないとダメだよー? 京太郎くんを置いてインターハイになんて行けないもん」 「先輩、なんで……」 宮守高校は今年が初のインターハイ参加で、三年生の豊音にとっては今年が最初で最後の全国。 個人戦で敗退した京太郎とは違い、一日でも多く部活に時間を割かなければならない。 少なくとも、こんなところで話をしている暇と余裕は無い筈だ。 「え? だって、今日は休むんでしょ? それじゃあ、部活とか意味ないよー」 「そんな、こと……」 眩暈を感じたのは風邪のせいか、それとも。 足元も覚束ず、カバンを取り落としてしまった。 「わわっ!? 大変だよー! 早く帰らないと!」 酷く心配そうな顔をした豊音に抱きかかえられる。 京太郎は何もする気が起きず、豊音にされるがままに、帰路に着いた。 ◆ 病は気から、という言葉がある。 病気は気の持ちようによって良くも悪くもなるという意味だが――風邪が完治した京太郎の体調と心は、完全に相反した状態にあった。 豊音の様子を見た限りでは、自分が休んだら彼女たちの練習の妨げになる。 だけど、自分が部活に参加すれば、部内の空気が険悪なものになる。 俺は、どうすれば―― 「ゴハン、タベレナイ? マダ、カゼデスカ?」 考え事をしていたら箸が止まっていた。 隣りに座るエイスリンから不安気に覗き込まれ、我に返る。 「ああいえ、大丈夫ですよ。ちょっと考え事をしてまして」 慌てて返事を返し、食事を再開する。 気持ちは沈んでいても食欲はあるし、エイスリンが奢ってくれたレディースランチは、京太郎の好みの味だ。 「ヨカッタ!」 そして、エイスリンの花が開いたような笑み。 京太郎と二人っきりなら彼女たちは穏やかで、可愛らしい微笑みを見せてくれる。 ――いつもこうだったらなぁ……。 考え事を再開しながらも、昼休みの残り時間内に食べ終わるように、京太郎は箸の進みを速めた。 「……」 そんな京太郎の様子を、エイスリンはじっと見守っていた。 自分の手元のトレーのパンに手を付けることなく。 じっと、じいっと。 「ごちそうさまでした」 昼休み終了の15分前。 今からトレーを片付けて教室に向かえばちょうどいい具合に授業が始まるまでの余裕がある。 「カタヅケテクル!」 「いや、さすがにそれは」 京太郎が止める前に、エイスリンは京太郎と自分のトレーを持って行ってしまった。 パンを口に加えながら一生懸命トレーを運ぶ姿は可愛らしいが、流石に手伝わなくてはと、腰を浮かせて 「ん? これは……」 ある一枚の畳まれた紙が、エイスリンの座っていた席に落ちていることに気が付いた。 広げてみると、デフォルメされた宮守高校麻雀部のイラストが描かれていた。 皆が満面の笑みを浮かべている。 「……」 「タダイマー……? ドウシタ、ノ?」 「あの、先輩。これは……」 「アッ!」 恥ずかしそうに頬を赤らめて、京太郎から紙を奪い取るエイスリン。 丁寧に畳んでブレザーのポケットにしまい、上目遣いに京太郎を見る。 「ミ、ミタ……?」 「ええっと……はい。先輩、やっぱり絵上手ですね。なんというか、ほっこりしました」 「ホッコリ……?」 「えっと……胸があったかくなったというか……嬉しく、なりました」 「 ! ウン! ウンッ!」 きっと、まだやり直せる。 嬉しそうに何度も頷くエイスリンを見て、京太郎はそう思った。 ――イラストに添えられていた英語の文章の意味を京太郎が理解できなかったのは、お互いにとって幸せなことだったのだろう。 ◆ 放課後。 京太郎が部室に着いた時、珍しく部員の誰もまだ来ていなかった。 「準備しておくか……」 誰がいつ来ても始められるように、卓と牌の用意をしてPCの電源を入れる。 お茶も淹れておこう。みんなが練習に集中できるように。 「……いつか、また」 戸棚に飾ってある写真。 京太郎の入部記念に撮った写真。 全員が、満面の笑みを浮かべている写真。 エイスリンに見せてもらったイラストのように、この写真のように。 いつか、また、みんなで―― 「京太郎! いる!?」 「へ?」 物思いに耽る京太郎の心を吹き飛ばすように、勢い良く部室の戸が開かれた。 「本っ当ゴメン……!」 息を切らしながら飛び込んで来た塞の話を纏めると。 どうやら今日は練習が休みの日だったらしく、行き違いで京太郎に連絡が届かなかったらしい。 道理で誰もいない筈だ。 「いえ、先輩は悪くないですよ。あ、お茶淹れますか?」 「あ、じゃあ私がやるよ。京太郎に押し付けてばっかりじゃ悪いし」 「いえ、一年ですし」 「いいのいいの。これぐらいはやらせてよ」 強引にポットを奪われ、ソファに座らされてしまった。 「~♪ ~♪」 鼻歌を口ずさみながらお茶を淹れる塞。 中学をハンドボール部で過ごしてきた京太郎にとって雑用は一年の仕事という精神が根付いており、今一落ち着かない。 なので、リズムに乗って無意識に振られる腰のラインに目が行くのは仕方がないのだ――と、京太郎は自分に言い訳をした。 ◆ お茶を飲んで一息ついた後。 折角だからと、塞が付きっきりで京太郎の指導に付き添うことになった。 教本を使った授業形式から始まり、過去の牌譜、ネトマを通じての実戦指導。 京太郎も塞も熱中して――気が付けば、時刻は夕方18時30分。 「んー……っ!」 大きく伸びをする。 良い意味で、体が疲れていた。 「ふぅー……何だか久しぶりだね、こういうの」 「そうですねぇ……」 一緒に麻雀を打って、笑って。 京太郎が来たばかりの頃は、当たり前の光景だった。 「……」 もし、自分がいなければ。 きっと、何もかもが上手くいっていたのではないだろうか。 シロはダルいダルいと言いながらも何だかんだ言って部に貢献して。 胡桃は口うるさいところはあるけど、みんなのことを考えていて。 豊音はミーハーだけど、強くて、可愛くて。 エイスリンは日本語はまだ拙いし麻雀の経験も浅いけれど、一生懸命で。 個性がバラバラのみんなを苦労しながらも塞が纏めて、全国へと出場する宮守高校。 そんな未来があったのではないか。 「京太郎」 「は――え?」 塞に、抱き寄せられる。 トクントクンと、心臓の音が聞こえる。 「大丈夫」 「きっと、上手くいくから」 「きっと、何もかもが京太郎にとって良いように進むから――ね?」 ◆ 帰りの電車内。 下校時刻と少しずらして乗車したので、周りに宮守の生徒の姿はなく、二人並んで座る程度の余裕はあった。 「すみません、さっきは……」 「いいってこれぐらい。一年に胸貸すのは部長の役目だから。毎日やってあげてもいいよ?」 「ハハ、流石にそこまで情けない野郎では……っふぁ」 「おっきい欠伸だねぇ」 「……なんか、急に…凄い眠気が」 「しょうがないよ。あんなに集中したわけだし」 「……むぅ」 「寝ててもいいよ? 後で起こしたげる」 「いや、ほんとそこまでは――くっ」 カクンと、京太郎の意思とは反して首が下がる。 眠気を必死に堪える京太郎を見て、塞はクスリと笑った。 「無理しないで休みなって、ホラ」 「……す、すいま、せん……」 「おやすみ、京太郎」 どこまでも優しい塞の声と、暖かい何かに頭を抱かれて。 京太郎の意識は、沈んで行った。 「ちゃんと、後で起こしてあげるから」 「家に、着いたら」 「ちゃんと、ね」 それから月日は過ぎて――夏が、終わった。 結論から言えば塞の言う通り――京太郎の望むようになった。ただ、二つのことを除いて。 宮守高校が団体戦で優勝したのだ。 全員で協力してバトンを繋ぎ、永水、臨海、白糸台を破り、栄光の座を掴みとった。 優勝旗を前に全員で満面の笑みを浮かべた写真は、まさに京太郎の望んだものだ。 ただ二つの叶わなかったことの一つは、未だに部員同士の不仲が続いていること。 全国大会優勝によって以前の、下手をすれば死人が出そうな空気は緩和されたが――それでもまだ、以前のようには戻れていない。 そして、もう一つは―― 「ねぇ、京太郎? 『眠くない?』」 「ふふ、大丈夫だよ。貸してあげるから――いくらでも、ね」 「心配しなくていいよ。大丈夫」 「何もかも……」 「京太郎にとって、上手くいくようになるから」 きっと自分は、一生この人から逃げられない。 言い逃れは出来ない。 精神的にも肉体的にも、彼女から離れることは出来ない。 そういう風に、刷り込まれてしまっている。 今までも、そしてこれからも、この関係は続いていくのだろう。 これがもし、周りに知られてしまったら。 そんな思考は――彼女の胸の温かさに比べれば、どうでもいいことだった。 【プロローグ 了】
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中学2年の冬休み。 両親の離婚。 肩の故障によるハンドボール部からの引退。 この三つが重なったのは、京太郎にとってはある意味で幸せだったのかもしれない。 県大会決勝でエースとして活躍し、来年には全国出場まで見えていたハンドボール。 その夢が断たれてしまった京太郎の目には、かつての仲間たちがグラウンドで練習をしている光景すら、辛く映った。 そして、同じタイミングでの両親の離婚。 父は鹿児島に。 母は岩手に。 二つの選択を迫られた京太郎は、母に着いていくことを決めた。 今の中学から離れることが出来れば、どこでも良かった。 ――ただ一つ、人見知りな同級生の女の子が気がかりだったけど。 その子を気遣う余裕は、京太郎には無かった。 ◆ 降り続ける雪に埋れた道。 冬休み明けには毎日通うことになる通学路。 今まで住んでいた長野とは大分雰囲気が違う。 自分は、ここで上手くやっていけるだろうか。 「うわっ」 考え事をしていたら、雪に足を取られて転んでしまった。 辛うじて手を付くことが出来たので全身雪まみれになることは避けられた……が、 「痛っ……」 肩に走る激痛。 転倒時の衝撃で、肩に大きな負担が掛かったらしい。 寒さで悴む指先では携帯を開くことも出来ず、痛みに耐えかねて蹲り―― 「君、大丈夫!? 」 「え……?」 気が付けば、赤毛の髪をお団子に纏めた女の子が寄り添っていた。 酷く心配そうな顔をして、京太郎の手を握る。 「今すぐ、お医者さん呼ぶから――」 彼女の名前は、臼沢塞。 宮守高校麻雀部の部長で――これが、京太郎が入部するきっかけとなった出来事だった。 塞さんの京太郎への第一印象 コンマ判定、直下 1~30 はやく助けなきゃ! 31~60 よく見ると整った顔立ちかも…… 61~98 なんだろう、この子の顔……見てると…… ゾロ目 ??? なんだろう、この子の顔……見てると……。 背が高くて、寒さで指先が真っ赤になっている男の子。 転んだ時にどこかを痛めたのか、苦しそうに顔を歪めている。 速くお医者さんに診てもらわないと――と、焦る気持ちとは、また別に。 塞の心の中に、生まれた感情があった。 なんだろう、この子の顔……見てると……。 痛みに歪む、整った顔立ち。 寒さで震える、長い手足。 彼が助けを求めている。 彼を包み込んであげたい。 彼に甘えてほしい。 彼を、私に。 彼を、自分の手で―― (……って、何考えてんの私!) ブンブンと頭を振って思考を元に戻す。 今は彼を暖かい場所に連れて、医者を呼ぶことが先だ。 自分一人では力が足りないと考えて、塞は携帯電話を手に取った。 電話の相手は小瀬川白望。 先程分かれたばかりなので、距離的にも近くにいる筈だ。 ものぐさな彼女だがやる時はやる。コタツをリアカーに載せて引っ張ってくるくらいには。 人命がかかっているわけだし、時は一刻を争う。 速く来てくれと祈りながら、塞は通話ボタンを押した。 程なくして現れたシロの反応、直下 1~30 ダルい…… 31~60 ダル…… 61~98 ダ…… ゾロ目 ??? ダ…… 「ダ……」 ――ルい、と続く筈の言葉は出て来なくて。 何故か固まってまじまじと京太郎の顔を見つめるシロの様子を不思議に感じる塞だが、今はそれよりも 「シロ、悪いけど――」 「わかってるよ」 塞が頼むよりも速く、屈み込んで京太郎と目線を合わせるシロ。 それから、「ちょっとごめんね」と断りを入れて、 「はむ」 京太郎の鼻頭に、啄ばむように口付けた。 「ちょっと、なにしてんの!?」 「なにって……寒そうだったから?」 激昂する塞と、平然と答えるシロ。 二人の間に蹲る京太郎は意識が朦朧としていて、何が起きているのかすら理解できない。 「何でそんな怒ってるのさ……」 「何でって……」 自分でも、何がここまで癪に触るのか理解できない。 言い淀む塞をヨソに、シロは出来るだけ負担がかからないように京太郎を起こした。 「ほら、塞」 「ああ……うん」 腑に落ちないが、今はそれよりも優先するべきことがある。 シロに促され、塞は京太郎の手を取った。 ここからなら、駅が近い。そこなら暖房も効いている筈だ。 肩に名前も知らない男子の重みを、心に言い表せないものを抱えて、塞はシロと一緒に歩き出した。 後日、お礼の品を持って、母親と共に宮守高校の麻雀部に訪れた彼。 そこで塞は、彼の名前が京太郎であると知った。 深く頭を下げる京太郎に、胸の底から言い様の無い暖かい気持ちが込み上げてきたが。 まだ、彼女は、この気持ちの名前に気が付かなかった。 そして、一年が経ち。 京太郎が、宮守に入学して、麻雀部に入部して、また暫く経って。 シロや豊音に迫られている京太郎の姿を見て、漸く。 「ああ――そっか。そう、なんだね」 この正体に、気が付いた。 ◆ 鹿倉胡桃は苛々していた。 共学化した宮守高校、そこまではいい。 問題は、それにより校内の風紀が乱れつつあること。 見学会で多くの数の男子生徒が宮守高校を訪れたが、だらしない格好の男子が多かった。 昔から細かい事が気になってしょうがないタイプの彼女は、これがとても気に食わない。 だから、次にだらしのない新入生を見かけたら思いっきり注意をしてやろうと―― 直下判定 1~30 コラ! そこの男子!! 31~60 コラ! そこの男、子…… 61~98 コ、コ…… ゾロ目 ??? コ、コ…… 廊下の前を歩く金髪の男子。 ベロンと後ろから出た白いシャツ。 勿論これは胡桃にとって見逃せるものではない。 ガツンと注意してやろうと、勢い良く回り込んで、ビシリと指を突き付け―― 「コ、コ……」 「?」 見事に、固まった。 男っぽい……と言うよりは、少し可愛い目の顔立ち。 ちょっとだけシロに似ているかもしれない。 「ハイ?」 困ったように眉根を寄せた表情。 耳心地の良い声。 「コ、コ……」 「あ、あの……?」 その何もかもが、彼女の想像していた姿の反対側にあって。 「……コーラ、飲む?」 何もかもが、彼女のストライクゾーンにどハマりしていた。 胡桃は運命の人なんて言葉は否定するタイプだった。 同級生が今年入ってくる男子に対してその手の話題で盛り上がっている時にも「バッカじゃないの」と切り捨てていた。 そんな彼女が、もしも、一目惚れを体験してしまったら。 もしも、意中の人に思考を埋め尽くされるようなことがあれば。 「あの、先輩……?」 「胡桃」 後は、もう。 「へ?」 「胡桃って、呼んでほしいな」 加速的に、堕ちて行くだけだ。 ◆ 時は、京太郎の中学時代まで遡る。 一週間もすれば宮守の空気にも慣れたもので、映画でも見に行こうと思い立った日のこと。 携帯で道を確認しながら歩いていると、ある女の子が目に止まった。 「ウゥ……」 金髪で青みがかった瞳。顔立ちから恐らく外国人。 オロオロと、困ったように辺りを見渡している。 運悪く、周囲に通行人はおらず、通りかかっても無視されている。 「……よしっ!」 困っている人は見逃せない!などと言うつもりはないが。 可愛い女の子が困っているのを放っておけるような男でもない。 あまり得意ではない英語の知識を必死に引っ張り上げながら、意を決して京太郎は女の子に声をかけた。 「め、めい、あい、ヘルプユー?」 「エ?」 振り向く女の子。 果たして、結果は―― 1~30 ア、アノ……ニホンゴ、ワカリマス…… 31~60 oh…… 61~98 I fell in love with you at first sight…… ゾロ目 ??? I fell in love with you at first sight…… 振り向いた女の子と目が合う。 「……」 緊張で、ゴクリと唾を飲む。 人と話すのは得意なつもりだが、外国人と話すのは初めてのことだ。 それも、教科書に載っていそうなシチュエーション。 果たして、上手くいくだろうか。 「……」 「……」 重なったまま動かない互いの目線。 吹く風が冷たく感じる。 寒さのせいか、女の子の白い頬も、どんどん赤く染まって―― 「……I」 「へ?」 女の子が、京太郎の手をそっと握った。 「I fell in love with you at first sight……」 一目惚れをしました、という意味の英語だが。 ニュージーランドの訛りと、エイスリンも緊張していたこともあって、京太郎は上手く聞き取る事が出来なかった。 「え、なんて? え? ええ?」 「……」 じいっとこちらを見つめたまま動かない二つの青い瞳。 握られた手は離される気配が全くない。 京太郎の覚えている限りでは教科書にはこんなシチュエーションなんぞ載っていない。 どうすればいいのか、まるで分からなくなってしまった。 「……ン」 それを焦れったく感じたのか、女の子が背伸びをして、京太郎の両頬に手を添える。 訳の分からないまま引き寄せられ、女の子の小さな顔が―― 「どうしたの。こんなとこで」 エイスリンの行為を中断するようにかけられた声。 ほっぺにエイスリンの両手をくっ付けたまま振り向くと、先日世話になった白い髪の先輩が立っていた。 「えっと……」 「小瀬川白望。京太郎、だったよね。で、そっちは?」 「それが……ちょっと、わからなくて。道に迷ってたみたいなんで、声をかけたんですけど」 「ふうん」 じろり。 エイスリンを睨めつけるシロ。 その目線に戸惑いながらも、エイスリンの両手が降りることはなかった。 「ま、いいか。確かその子、確かウチの生徒だし」 「え、そうなんですか?」 「うん。留学生……ホラ、いくよ」 シロが京太郎からエイスリンを引き離す。 ダルいダルいと口癖のように連呼していた先日の印象を覆すように、有無を言わせない雰囲気があった。 「行きなよ。用事、あるんでしょ。この子は私がどうにかするから」 「え、でも――」 「いいから」 「……はい」 彼女の迫力に、京太郎は頷くしかなかった。 「すいません。それじゃ、また」 「アッ……」 女の子に頭を下げて、その場を後にする。 その後ろ姿を、二つの青い瞳が、いつまでも見守っていた。 ◆ その日は姉帯豊音にとって、特別な日だった。 熊倉トシの計らいで、同じ年の女の子と麻雀を打つ事が出来て、しかも宮守に編入することになった。 今日はタイミングが悪く会うことが出来なかったが、新入生として入学してくる予定の男の子もいるという。 もう一人ぼっちじゃない。これからは毎日が楽しい。 浮き足立つ彼女を止める者はいない。 そして、雪で凍結した歩道を歩くことを注意する者も。 今の彼女の隣には、いなかった。 「――え?」 するりと、段差から足を踏み外す。 帽子が宙に舞い、彼女は―― 「大丈夫、ですか?」 直下判定 1~30 あ、ありがとう、ございます…… 31~60 お、王子様……! 61~98 ぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽ ゾロ目 ??? ぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽ ぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽ。 ――奇妙な笑い声のようなものが、聞こえた気がした。 背筋に走った悪寒を飛ばすように頭を振る。 大丈夫。幻聴だ。自分に言い聞かせて視線を下に向ける。 「大丈夫ですか?」 瞬きもなく、自分を見つめる赤い瞳。 怪我はないように受け止めたつもりだが。 幸い、肩にも痛みはない。 「……」 反応がなく、彼女の頬が次第に赤く染まっていく。 ……何だか似たようなことが、前にもあった気がする。 何となく吐きたくなった溜息をグッと堪えて、京太郎は豊音の反応を待つことにした。 「……!」 ところでこの姉帯豊音という少女。 見かけに寄らず、ミーハーである。 加えて言うなら同世代の子との触れ合いもインターネットもなく育ってきた彼女にとって、娯楽と言えばテレビと一人で練習してきた麻雀くらいのもので。 「どこの月9だよ」と突っ込むたくなるようなコッテコテの恋愛や、ロマンチックな告白に憧れていたりする。 そして、この状況は、まさしく。 「王子様……!」 「は、はい?」 彼女が、憧れた状況である。 「こ、腰が抜けちゃって……」 怪我は無いようだが歩けない、とのこと。 確かに下手すれば一生に残る怪我をする可能性もあったのだから、無理もない。 京太郎も彼女を支える腕が辛くなってきたので、近くのベンチに座ってタクシーを呼ぶことにした。 「お姫様抱っこで運んで欲しかったのに……」と、この時は少し不満に感じた豊音だが。 後に京太郎が肩に故障を抱えていることを知り。 そんな傷があるにも関わらず私を助けてくれた―― やっぱり、京太郎くんは私の王子様だよ―― と。 益々、惚れ込むことになった。 ◆ ぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽ 暗闇から、白い手が伸びる ぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽ 笑い声が、近づいて来る ぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽ 足が動かない ぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽ 黒い髪が、首に纏わり付く ぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽ 赤い瞳が、覗き込んで―― ◆ 「っ!!」 まるで、心臓を鷲掴みにされたような。 そんな恐怖を感じて、飛び起きるように目を覚ました。 「またか……」 草木も眠る丑三つ時。 最近、悪夢で起こされることが多過ぎる。 「……トシさんにでも相談してみようかな」 布団を被り直して目を閉じる。 枕元に落ちている一本の長い髪には、気が付かなかった。 ◆ こうして、京太郎は五人の少女たちと出会った。 「女子5人に男子1人、これで宮守高校麻雀部のスタートってわけだね。折角だし、写真でも撮ってみるかい?」 「おお! いいですね」 「ダる……」 「そんなこと言わない!」 「部長の私と京太郎くんは真ん中かな」 「それじゃ、私は京太郎の前で!」 「じゃあ、私はその後ろかなー。前だとみんな隠れちゃうし」 「ダルいから……定位置で……」 「キョータローノ、トナリ!」 「あ、あの、ちょっと皆さん近過ぎじゃ?」 「はは、仲良きことは――てね。それじゃ、いくよ。ハイ、チー、ズ!……っと」 笑顔で撮った集合写真。 この時、もしも、京太郎が。 彼女たちが笑っているのは、みんなでいるから、ではなく。 京太郎といるからだと、気付いていれば。 もしかしたら、未来は。 ほんのちょっとだけ、優しかったのかもしれない。 【宮守出会い編 了】
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「ただいまー。やりましたよ、1位っす」 「あれ、反応薄くない……?」 「何であんなって、そりゃ……俺にだって引きが良い時ぐらいあるよ」 「なぁ、和にだってそういう時はあるだろ?」 「歯切れ悪いなぁ、なんか……ま、いいや」 「とりあえず、他のみんなにも勝利報告してきますね」 「さて、誰に連絡しよう?」 靖子との対局から始まり、貴子や咏など様々なプロに出会って指導を受けたけれど。 何だかんだ言って自分がこの舞台まで上がって来れたのは「あの人」の功績によるものが一番大きい。 ……であるならば、勝利報告もあの人に一番最初にするのが筋というものだろう。 「貴子さんに、電話で……」 「おめでとう、須賀」 「……へ?」 携帯のアドレス帳を開いてスクロールしているところに、耳にタコが出来るほど聞いた声が響く。 続いて肩に置かれた手。間違いなくこれは幻聴じゃない。 「ちょっと気が早いが二回戦突破の祝いだ。飯奢ってやるよ」 自分の恩師の一人、久保貴子がすぐ後ろに立っていた。 祝勝会といってもまだ二回戦突破の段階。 そう大層なものではなく、ファミレスでランチセットを奢って貰う程度の細やかなものだが、京太郎にはコーチの気遣いが嬉しかった。 夕食時という時間も相まって店内は混み入っていたが、禁煙席に二人で座ることは出来た。 「まずは二回戦一位突破、おめでとう」 「ありがとうございます! これも貴子さんのお蔭っすよ」 「はは、私のお陰、か――そうか、そうか……」 「貴子さん……?」 貴子が笑ったかと思えば、急に無表情になって顔を伏せる。 京太郎にはその意図が掴めない。 彼女の教えは守り続けてきたし、今回こうして1位突破という成績を勝ち取ったのは貴子にとっても誇らしい結果の筈だ。 「――お客様、相席でもよろしいでしょうか?」 「あ、はい」 悩んでいるところに店員から掛けられた声。 本来ならば断るべきなのだが、つい頷いてしまった。 程なくして、一人の女性が店員に連れられてやって来る。 「また、会ったね」 「あっ」 「貴女は……!」 二回戦の直前に京太郎が出会った女性。 小鍛治健夜が、微笑みながら京太郎の隣に座った。 「まさか、あの試合は貴女が……!」 「そんなに大層なことはしてないですよ。ただ、私は彼を応援しただけです」 敵意を隠そうともせず健夜を睨み付ける貴子と、余裕の表情で受け止める健夜。 二人が何故こんなにも険悪なムードなのか理解できず、京太郎は眉根を寄せる。 「彼の、須賀の打ち方はあんなものじゃなかった筈です。あんな、相手を否定するような」 「ですが、選んだのは彼です。えーっと……押し付けるのは、エゴ……ではないでしょうか」 「あなたがそれを言うのかっ!」 叩き付けられた拳にテーブル揺れる。 その様子を見ても尚、健夜は微笑みを崩さない。 「……」 何と言うべきなのか、京太郎にはわからない。 ただ、貴子が一方的に健夜に敵意をぶつけていることは感じ取れた。 「あの、貴子さん。ファミレスですし……その、あまり騒ぐのは」 「っ! そうか、そうなんだな……」 「……」 「……ええ、すみませんでした。少し、冷静さに欠けていました」 「いえ、お気になさらず」 そのまま沈黙する二人。 何処と無く居心地が悪い。 料理が運ばれて来ても会話がなく、三人で食事をしているにも関わらず、テーブルの上に響くのは食器の音だけだった。 食事を終えて、ファミレスを後にした三人。 宿泊先の都合上、健夜は先に二人と別れることになった。 「それでは、また」 「ええ……とても楽しかったです。また一緒に食事をしましょう」 二人のプロが握手を交わす。 振り向き際に健夜が京太郎に微笑みかける。 テレビ用に作ろうとしたぎこちないものではなく、一人の女性として自然に作られた魅力的な笑顔だった。 「……今度、また指導してやるよ」 「おお、よろしくお願いします! 俺、大分強くなったんすよ!」 「ああ、知ってるよ。だから、今度は私も本気でやる」 「……え?」 「本気で、お前と打ってやるよ」 指導時の怒鳴り顔とも、褒めてくれる時の優しい顔とも違う、能面のような無表情。 初めて見る貴子の表情に言葉を失くす。 そのまま別れるまで会話もなく、夜の道を二人で歩いた。